記事のアーカイブ

2016年05月01日 10:30
  新聞で知ったのだが、現内閣は4月1日の閣議で「憲法9条は一切の核兵器の保有および使用を禁止しているわけではない」、ただ「政策的判断として核兵器を保有しないことにしている」、とする答弁書を決定したという。これは言いかえると、「自衛のため」なら核兵器の保有および使用はできないことはない、ということを言ったことになる。 この国の現内閣が核兵器の保有および使用を憲法に反するものではないとするその理由は、憲法は自衛のための戦力を持つことまで禁じているわけではない、それは認めている、それゆえ「自衛のため」の範囲内であれば核兵器を保有し使用しても憲法に反しない。 4月から集団的自衛権

律 法

2016年04月03日 10:30
ナザレのイエスはなにゆえ消されたのか、それは律法をないがしろにしたとみなされたからである。律法は義が何であるかを決める。義が立てられて社会はうまくゆく。義を決める律法を廃棄せよと聞こえるイエスの言葉は反社会的とみなされた。 ところで、イエスを消すことで守った律法とは何であったか。それは「ローマの平和」であった。ローマ帝国に従うなら恩恵として与えられる平和、これが律法であった。イエスは「ローマの平和」という律法をないがしろにするとみなされた。 イエスは消されるべきだと言ったのは大祭司カヤパであったが、彼はこう言った、「一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が、あなたがた

マルコ福音書より(26)12章13~17   〈偶像〉 

2016年03月25日 18:08
 イエスを試す問いが差し向けられた。 「皇帝に税金を納めるのは律法に適っているでしょうか。適っていないでし しょうか。」   この問いはイエスを窮地に追い込む問いある。「税金を納めるべき」と答えればローマ帝国の支配を排除しようと闘っているユダヤ民族主義者たちの怒りを招く。「納めるべきではない」と答えればローマ帝国当局による処罰があることは必然であった。   イエスはローマ帝国の通貨を持ってこさせたうえで、質問者たちに問うた。 「これは誰の肖像か。」 彼らは答えた。 「皇帝のものです。」   そこでイエスは言われた。 「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。

受難節の中で

2016年03月06日 10:30
今は受難節の中、イエスの十字架死について考えているところを、前号と重なるが、書くことにしたい。   十字架死はローマ帝国に対する国家反逆罪を犯した者への最も重い刑罰。イエスはこの十字架死に自ら進んで向かって行ったという印象を福音書の記述から受けるが、事実その通りであったとすれば、イエスはなぜそうされたのか。   この「なぜ」の問いに対してイエスの十字架死は「罪の償い」のためであったが提示された。これが教会の中心的教理となる。今の私はこれを受け入れていない。理由はイエスを遣わした神が罪の償いを要求する神であるとは思えないし、イエスが罪の赦しを宣言するとき罪の償いを要求していな

2016年3月27日(日) イースター礼拝のご案内

2016年02月10日 17:19
2月14日から受難節が始まります。 イースター(復活日)の礼拝は、3月27日(日) 10:30より行います。 ぜひご参加ください!  

受難節

2016年02月07日 10:30
今年の受難節は2月10日から始まる。 福音書によると、イエスは十字架死を受け入れたとき「御心が成りますように」と祈った。ここで知りたいことは、イエスの言われた「御心が成る」とはどういうことであるのか。 イエスの十字架死の後、このイエスの死を「罪の贖い」のための死であったと受け取った人々がいた。新約聖書がそれを示しているが、そこで言われている「罪の贖い」は「罪の償(つぐな)い」ということであると言ってよいようだ。人々はイエスの十字架死は「罪の償い」のためであったと受け取り、イエスの祈りの言葉の「御心が成る」とは「罪の償い」が成るということであると受け取った。この受け取り方は後に成立するキリスト教

マルコ福音書より(25)12章1~12   〈捨てられた石〉

2016年02月03日 18:29
イエスは彼らに話し始められた。   イエスが話しかけられた「彼ら」とは、きょうの物語のすぐ前に置かれている物語に登場している人々、すなわち祭司長、律法学者、長老たちのことである。彼らは当時のユダヤ社会の指導的な立場にあった人たちであった。   ここでイエスは譬え話をもってその「彼ら」を批判する。   あなたがたはぶどう園の所有者から管理を委ねられている者たちである。しかし、あなたがたはその所有権を奪い取る略奪行為をおこなっている。あなたがたはぶどう園の所有者から管理者であることを罷免される。あなたがたはそういう者たちであると言わざるを得ない  「彼ら」は自分たちを

2015年

2016年01月03日 10:30
  新しい年の初め、昨年の2015年を振り 返っておきたい。ここで購読の新聞に載った文章を紹介する。それは菅原文子さんとおっしゃる方の文章である。 菅原さんは昨年11月フランスのパリで起こったテロ事件の後の「大国」の軍事報復に憂慮し新聞に寄稿した。 「フランスの悲しみや怒りを世界に届けるメデイアは数多くある。彼らの声は大きく、よく響く。悲しみの場所に花束が集まり、ローソクの灯が連なる。その明るさは遠い日本にまで届く。」 「しかし、多くの市民たちを殺害し自らの若い生命もその場に捨てたイスラームの人たちの声を届けるメデイアの声は、あまりにも小さい。だから私たちには、世界の半分しか見えてい

沖 縄

2015年12月06日 10:30
  今この国日本における最大の問題は沖縄の辺野古に米軍基地を日本政府が建設する問題だ。 日本政府は建設を強引に進め、その手法は常軌を逸している。沖縄県の翁長雄志知事は民意に基づき、これを造らせないとして闘っている。新聞報道から想像するに翁長知事は「熱く」しかし「冷静に」闘っておられるようだ。 購読の新聞の報道によると翁長知事は今年9月スイス・ジュネーブでの国連人権理事会で演説しその中で「沖縄の自己決定権」について述べた。この翁長知事の演説は国際法の基本原則を確認したものと言いうる。国連の定める国際人権規約の第一条にこうある、 「全ての人民は、自決の権利を有する。この権利に基づき、全て

2015年 クリスマス礼拝のご案内

2015年11月28日 20:23
<クリスマス礼拝> 12月20日(日)10:30~「地下水脈の噴出」 <クリスマス・イブ礼拝> 12月24日(木)18:00~「難民の宗教」   今年は11月29日からアドベント(降誕節)に入ります。 12月には2回にわたり、クリスマスにちなんだ礼拝を予定していますので普段いらっしゃれない方もぜひご参加ください。   ☆今年のクリスマスの飾り付けの様子はこちら(フォトギャラリーの2ページから3ページ)
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