魅せられた光 (2022・冬)

2022年01月10日 10:08


  

新しい年を迎えました。皆様いかがお過ごしでしょうか。牧師の縣洋一です。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

教会は収穫感謝日に一年の恵みを振り返り感謝を捧げ、アドベントからクリスマスの時を過ごして参りました。

アドベントでは「『光あれ』と発せられたその日」「荒れ野に道を備えられたその日」「傷が速やかに癒されたその日」と題し、旧約聖書で約束された「その日」の成就として御子イエス・キリストがこの世に送られた恵みを、創世記とイザヤ書から語りました。それは、混沌の闇に「光あれ。」と発せられた方が、私たちの元へ荒れ野を通り最短距離でやって来て下さった出来事であり、傷をかさぶたで覆うような癒しの出来事であることを知りました。

また、本当に嬉しかったのが、クリスマス礼拝の中で「主の食卓」を実施することができたことです。思い起こせば、私がこの教会に着任した初めての礼拝で主の食卓を実施しましたが、(その時は「つまようじ」を使ってパンを食しましたが、今回は礼拝前にコンパクトの消毒のジェルを希望者に配布するという形をとりました。)それから実に1年9カ月ぶりに主の食卓を行うことができました。

「共に食する」という主イエスが行われた出来事を再現し、その喜びを共に分かち合う本当に豊かな時となりました。また他にも嬉しかったのが、コロナでなかなか教会に来られなかった教会員の方が礼拝に戻って来てくれたことです。また、前任地の横浜からも多くの方が教会に訪れて下さり、それこそ毎回「東方の三博士」がやって来るような喜びに満たされた再会の時となりました。


さて、今年のクリスマス・イブ礼拝で、非常に印象的だったものが「光」です。昨年、箱舟三階の倉庫から「ツリー電球」を見つけ出し、イブ礼拝の夜だけ点灯させたのですが、今年はタイマーを買ってきて、一週間ほど前から点灯させました。もう夕方の4時半には周りは暗くなり気持ちも暗くなってくるのですが、道行く人が教会のもみの木に光るツリーを見上げた時、少し気持ちが明るくなってくれるのではないかと想像すると、闇も嬉しい時となりました。

イブ礼拝の中で触れた話ですが、ツリーに明かりを灯し始めたのは、宗教改革者のマルチン・ルターです。ある夜、空を見上げたら満点の星が枝の合間を縫って見え、その「美しさ」を何とかして子ども達の目の前に再現して見せてあげたいと、家の中にもみの木を持ちこみ、その枝に間に「ローソク」を灯し、子ども達に見せてあげたそうなのです。「美しさ」に魅せられた「光」の感動が、その大胆な発想を生み出したことを知らされます。私たちも闇の暗さの方ばかりを見続けて嘆くのではなく、闇が深まるほどその美しさを増す光の方を見上げながら歩むことができることを、ツリーの「はじめて物語」から知らされます。来年はもっと長く灯したい気持ちに駆られ、今から来年のクリスマスが楽しみです!


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