2017年09月10日 16:48

 

  今年の8月はひどく暑かった。水をたくさん飲んだ。安心して水をこんなにたくさん飲むことができることに感謝した。

「水」は聖書において主題。早くも聖書の初めの創世記1章1節に登場。そこにこうしるされている、「地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。」

ここの水は「地は混沌であって」の原因として登場。「混沌」とは全壊滅の様をさす。ここの水は地の全壊滅の原因として登場している。

さらにこうしるされている、「神の霊が水の面を動いていた。」この「動いていた」は「制御していた」の意味に解せられる。ここにしるされていることは、神の霊が地の全壊滅の原因となる水を制御していたということ。これを書いた人は、水とは暴れるもののゆえ制御の必要があると考えていた。

この人はこの後こう書く。神は「空」をつくり「海」をつくった。何のために。それは水を保って置く場所として。空と海には神が創造する生きとし生けるもの全てに水を供給する使命が委託された。。

生けとし生けるものは水を必要とする。水なしに生きてゆくことはできない。水は命だ、生きとし生けるものにといって。空と海はそれらに命の水を適切に供給する使命を委託された。

だが、生きとし生けるものの中の人間は、空と海にその使命をはたせないよう横暴の限りをおこなった。結果、空と海に保たれていた水は制御を振り切って地に現れ、その大量の水は地を壊滅させるに至る。創世記6章からの「洪水物語」はそれをしるしている。

わたくしは8月の6日と9日の原爆投下の日を迎えるに当たって思いだした本がある。それは、井伏鱒二の小説『黒い雨』。あらためて再読した。

もし、今日、「黒い雨」が降り注いだなら、安心して飲める水はなくなるだろう。この暑い8月、どうなるか。自分の命はここで終えるにちがいない、と思った。

創世記1章にしるされている三千年も前の古代の物語、これは今日のわたしたちにメッセージを発している。

 

 

 

 

 

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