マルコ福音書より(20)8章27~33   〈叱りつけた〉 

2015年08月12日 15:13

 

イエスは弟子たちに問うた、「人々は、わたしのことを何者だと言っているか。」

弟子たちは世間の評価を述べる。イエスはそれを聴いた後、弟子たちに問うた、

「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」

 

すると弟子たちを代表してペトロが答えた、

「あなたは、メシアです。」

 

するとイエスは「ご自分のことをだれにも話さないようにと戒められた。」

 

ここでイエスはペトロの答えた「あなたはメシアです」をだれにも告げてはならないと言われた。ここの「戒められた」は「叱りつけた」である。つまり、イエスのメシアであることを人々に言うことはイエスによって厳重に禁じられた。

 どうしてであろうか。イエスのメシアであることを人々に言うことを厳重に禁じる、これはどうしてであろうか。

 

この直ぐ後に記されているところを読んでみよう。

 

イエスはこう言われた、

「人の子は必ず苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺される。」

 

すると弟子たちを代表してペトロは「イエスをいさめ始めた」。

ここで「いさめる」と訳されている言葉も「叱りつけた」という言葉である。ここでペトロはイエスを「叱りつけた」、と記されている。

 

つまり、ペトロは苦難の必然を告げるイエスに対し、その必然は回避すべきでことであって、自ら苦難に向かってゆくことはすべきではない、こう述べた、きわめて激しい調子で。

するとイエスはペトロを「叱りつけて」言った、

「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず人間のことを思っている。」

 

ここでイエスはペトロを叱りつけた、その叱りつける言葉はペトロを「サタン」と呼ぶほどに激越なものであった。

 

ここはイエスと弟子のペトロとが互いに相手を「叱りつける」場面。

ここは互いにどうしても譲れないことがある、それが示されている場面である。

 

ここで明らかになったことは、メシアをいかなる存在としてみるか、これをめぐってイエスと弟子たちとの間で互いに譲れない対立が起こっている、ここはそういうことであると言ってよい。

 

では、ここで、互いに譲れないとしている「メシアに関すること」、その内容は何であろうか。

イエスの言うメシアは「苦難を受けるメシア」である。これに対し弟子たちが求めるメシアはその逆で、「この世の悪しき権力に勝利する権力を持つメシア」である。この違いは、イエスと弟子たちとの間で譲ることのできない違いであった。

 

 ここで旧約聖書の語る「メシア」に関するところをみておきたい。

 

 長年月に渡って苦難を強いられてきた神の民としてのイスラエルはメシアの派遣を神ヤハウエに切望する民であり続けてきた。その切望の歴史の中で待望されたメシアの内容には変化がみられ、変遷があった。ここで、それをたどっておきたい。

 

 民イスラエルは外からの侵略者による暴力にさらされることになる。このとき、自分たちを防衛するために軍事に長けた者を指導者に立てることになる。ここから軍事に長けた者を「王」に立てるいわゆる「王政」が始まる。王政の採用にはかなり激しい賛否両論があったことが『サムエル記上』から知られる。このときのイスラエルの指導者のサムエルが為した決断は苦渋のそれであったようである。

王は就任にあたって油を注がれた。この「油注がれた者」をヘブライ語で「メシア」と言い、ギリシャ語で「キリスト」と言う。

 

王は侵略者の暴力に対抗する者であるから武力の行使において卓越した者であったわけだが、しかし、王の職務に就く者には武力の行使に卓越しているだけでなく精神性において高いものを持つことが求められるようになる。それを示しているのがイザヤ書11章にあるメシア預言と呼ばれているものである。それによると、王となる者は、次のような者であるべきだとされる。

 

「主の霊がとどまる」「知恵と識別の霊、思慮と勇気の霊」「主を知り、畏れ敬う霊」

「弱い人のために正当な裁きを行い、この地の貧しい人を公平に弁護する」

「正義をその腰の帯とし、真実をその身に帯びる」。

 

王となる者はこのような精神性の高い者がなるべきである、と預言者イザヤは述べたのであった。

 イスラエルにおいて待望されたメシアは、イザヤ書11章に記述されているメシア像において最高のそれに達したと言ってよいのではないかと思う。しかし、ここでメシア像についての進展が止まったわけではないことが、イザヤ書53章に記述されているところからみてとれる。そこに記述されているメシア像はこうである。

 

その者は生まれたときから病弱で病を負っていた。

多くの者たちから軽蔑され、無視されていた。

この者は罪を着せられ、無実であったが有罪とされた。

暴力を受け、打ち叩かれ、裁判にて死刑を宣告され、殺された。

この者を葬った塚は犯罪人の塚と一緒にされた。

実は、この者は、わたしたちの身代わりとなった、ということなのである。

 

このイザヤ書53章に記述されている「苦難の僕の歌」と呼ばれているこれを理解するために、これの背後にある歴史の事情を知っておくことが有益である。それをここで紹介しておこう。

古代オリエントの世界においてペルシャ帝国が覇権を掌握する。ペルシャ帝国は捕囚民となっていた諸民族に捕囚解除の布告をする。ユダ王国からの者たちはこの捕囚解除の布告に喜びエルサレムに帰還する。その帰還民の中にこの機会をとらえてユダ王国の再建を図ろうとする動きが起こる。ペルシャ帝国はこれを察知し、謀反の首謀者とみた者を捕縛し、暴力を加えた後、死刑にした。

 

この首謀者とみなされ抹殺された者、この者がイザヤ書五三章の「苦難の僕の歌」に詠われている「苦難の僕」のモデルではないかと推察される。イザヤ書五三章は、わたしたちの身代わりとなったこの者こそ「メシア」であったと詠う。ここに示されているメシア像はこれまでの旧約聖書に登場しているメシア像と異なるものとなっている。

 

 イザヤ書11章に記述されているメシア像は「卓越した高い精神性を持った者」であるが、この場合、武力による統治支配に関して言えば、それが否定されているわけではない。この者が軍事をつかさどる者であるということに変化はない。ただこの者には卓越した高い精神性が求められる、これが述べられているだけである。

 これに対してイザヤ書53章の「苦難の僕の歌」に詠われているメシア像は、暴力を受けるが、その暴力に武力で対抗することなく、それを受容する、それでもって武力による暴力支配を終わらせる、そういうメシア像となっている。わたくしはイザヤ書53章に詠われている「苦難の僕」をそう解する。

 

イザヤ書53章の提示しているメシア像は、武力によって問題を解決することを否定している、この点で、それまでのメシア像とは異なる。イザヤ書53章のメシア像は武力の行使を終わらせるメシア像となっている、この点で、それまでのメシア像とは決定的に異なる。わたくしはそう解している。

 

旧約聖書の示すメシア像は、このように変化し変遷している。

 

初めは、侵略の暴力に対してはそれを防衛する武力の行使に長けているメシア像であった。この当初のメシア像は変化し、変遷する。メシアには高い精神性がなければならないとされる。武力の行使に当たっては、高い精神性が伴っていなければならないとするメシア像、これが次に求められたメシア像であった。このメシア像、これは地上の問題解決に当たるメシア像としては極めて卓越したメシア像であると言ってよい。それがイザヤ書11章の「メシア預言」において示されている。

 

しかし、旧約聖書のメシア像はそこにとどまるものではなかった。旧約聖書としては終わりの段階になるわけであるが、それはイザヤ書53章に記述されている「苦難の僕の歌」に詠われているのであるが、武力に対し武力で対抗するというのではなく、それを受けることによって、武力の行使そのものに終わりをもたらそうとするメシア像、そうなっている。

 

 マルコ福音書の記すイエスにおいて示されたメシア像、このメシア像は、旧約聖書の終わりの段階において現れたメシア像と重なる。この福音書の記すイエス、とくに一四章からの受難物語において描かれているイエスは、暴力の行使、これを受け切ることによって、暴力の行使を終わらせようとしているメシア、このように言うことができるのではないかと思う。

 きょうは、ここで、或る方の講演を紹介したい。

講演者は、デイビット・ポトーテイ、という方である。

 

この方は2001年9月11日、アメリカのニューヨークにある貿易センタービルに航空機が突入した事件で兄を失った。この方はあの事件の後、「平和な明日を求める9・11家族会」と呼ばれている会を結成した。この方は来日し講演された。その講演が雑誌『福音と世界』2004年4月号に掲載された。その講演内容の詳細を紹介することはできない、その一部を紹介する。

 

 あの事件の後、アメリカ合衆国政府は報復としてアフガニスタンを攻撃した。ポトーテイさんは講演でこう言われた、わたしたちの兄を失った悲しみは深い、母の悲しみは我が子を失い嗚咽が止まることはない、この深い悲しみのゆえに、わたしたちは今こう叫ばなければならない、わたしたちが受けた悲しみをアフガンの人々にこうむらせてはならない、アフガンへの攻撃は直ちに止めよう、理不尽な悲しみは、わたしたちの悲しみで終わりにしなければならない。悲しみの連鎖はここで断たなければならない。

ポトーテイさんは九9・11の二ヶ月後にワシントンからニューヨークまでのデモ行進を行った。アメリカ人の圧倒的多数の人々がアフガンへの報復攻撃を是認している中で、それをすべきではない、止めようではないかと訴え、デモ行進をおこなった。

 

 ポトーテイさんは加害者の行為を是認しているのではない。それはあってはならない、再び起こしてはならない、そのために理不尽な悲しみは自分たちの悲しみで終わりにしなければならない、悲しみの連鎖はここで断たなければならない、わたしたちは復讐心を克服しなければならない、と訴えるのである。

 

 わたくしはこの講演の文章を読み、直ちに思い浮かべたのはイザヤ書53章の「苦難の僕の歌」、そしてマルコ福音書の受難物語であった。

 

今日、復讐ならば戦争しようと何をしようと構わないとする風潮にある。しかし、これに抗ってイザヤ書53章および福音書の受難物語の線に沿って生きる人が少数ではあるがおられる。この少数者に参加してゆきたいと思う。

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