イエスは誰か

2015年04月05日 10:30

教会の暦は「復活節」と呼ばれる時節を迎えた。きょうはこの時節を迎えることの意義を考えたい。

復活節を迎えた最初の人々はどういう時としていたか。それは、十字架にて抹消されたイエスはいかなる方であったのか、これを解釈する時であった。

福音書にこういう物語伝承がある。それはイエスをキリストと証言した最初の人であるバプテスマのヨハネが獄中からイエスに問いを送った物語伝承。彼の問いは「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか。」というものであった。

この問いに対するイエスの答えは「目の見えない人が見えるようになり、足の不自由な人が歩けるようになり、重い皮膚病にある人が癒され、耳の聞こえない人が聴こえるようになり、死者が生き返り、貧しい人が福音を告げ知らされている。」であった。

このイエスの答えは旧約聖書の預言者

が語った言葉の引用である。この預言者の言葉は預言者に特徴的な表現方法の詩的な表現をもって事柄を言い表す表現である。この詩的な表現で言い表されていることは「バビロンからの解放」ということである。

ここでイエスが自分をキリストと証言した最初の人ヨハネの問いに対しこの預言者の言葉をもって答えた、これはイエスが使命を「バビロンからの解放」にあると表明したことであったと言ってよいだろう。

推量するに、復活節を迎えた最初の人々はイエスがこう語っていたことを思い起こし、そして、このイエスの言葉を手掛かりに十字架にて抹消されたイエスがいかなる方であったかについての解釈に立ち至ることができた。

ここで留意したいことがある。それは福音書に証言されているイエスは預言者の語る「バビロンからの解放」を言い表す詩的表現をそのまま行う方として描かれていること。イエスは預言者の詩的表現にある通りのことをなさった、と福音書は証言する。すなわち、

心身に重荷を抱えている人と向き合い死者とも向き合っている、つまり「個的な向き合い」「個的な出会い」をなさった方、それがイエス。 

これが最初の復活節を迎えた人々の立ち至った、イエスが誰であるかについての解釈であった。

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