「混沌」

2017年09月11日 09:57

創世記の原初史物語の冒頭には「神は天と地を創造した」とある。前回は「天」に焦点を合わせてみたが、今回は「地」に焦点を合わせ読み進めることに。1章2には「地」について言及されている。

1章2

「地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。」

ここには「地」の状況が描かれている。それは「地は混沌であって」という状況である。「混沌」は無秩序の極に至った全壊滅の状況を言い表す。では、具体的にはいかなる状況であったか。

わたくしはそれを解する手掛かりを〈エレミヤ書4章23〉に求める。そこには地の状況が描かれ、そこも「地は混沌とし」と言い表されている。

「わたしは見た。見よ、大地は混沌とし、空には光がなかった。」

(4章23)

エレミヤはこの後こう述べている。

「わたしは見た。見よ、人はうせ空の鳥はことごとく逃げ去っていた。」

「わたしは見た。見よ、実り豊かな地は荒れ野に変わり、町々はことごとく、主の御前に、主の激しい怒りによって打ち倒されていた。」  

(4章25~26)

ここに述べられていることは戦争によって引き起こされた壊滅状況のことであると言ってよいだろう。そうすると、エレミヤの言う「大地は混沌とし」は戦争が引き起こした壊滅状況について言っていると解してよいだろう。そうすると、創世記1章2の「地は混沌であって」も、戦争によって引き起こされた壊滅状況のことを述べたものと解してよいとおもわれる。

ここで、「闇が深淵の面にあり」について考えてみよう。ここにしるされている「深淵」は「地の下に横たわる海」のことを指す。

ここで言及しておきたいものがある。それは預言者ダニエルの黙示である。

「ある夜、わたしは幻を見た。見よ、天の四方から風が起こって、大海を波立たせた。すると、その海から四頭の大きな獣が現れた。」     

(7章2~3)

ここでダニエルの黙示の言う「海から現れた獣」とは、横暴な力によって民衆を支配する国家を指している。このダニエルの黙示から示唆されてのことだが、創世記1章2の「闇が深淵の面にあり」の「深淵」は「横暴な国家が支配する領域」を暗示しているのではないか。

ここで、原初史物語作者の1章2の文の意図をとらえておきたい。

1節と3節の間に置いたこの2節は物語の流れを止めている。1節の「初めに神は天と地を創造した」から3節の「神は言われた。『光あれ。』」に進んだほうが物語として円滑な流れになる。2節の「地は混沌であって、闇が深淵の面にあり」の文章を入れたために物語の流れは止められた形になっている。

原初史物語作者がこうしたのは、3節から描く神の創造の業は人によって引き起こされた壊滅状況に対する「神による新たな挑戦的創造の業」であるということ、これを言うためであったとおもわれる。

ここで、わたくしが「地」のことで深く教えられたことについて述べておきたい。それは、アイヌ民族の方々から教えられたことである。

アイヌ民族は先住民族としての権利が奪われている状況にある。わたくしはこの権利回復に関わる集会に参加し、教えられた。「アイヌ」という言葉は「人」という意味である。アイヌ民族の方々は北海道のことを「アイヌモシリ」と呼ぶ。「モシリ」は「大地」という意味。「アイヌモシリ」は「人の大地」と言う意味である。アイヌ民族は大地はカムイのものと言う。「カムイ」とは「神」という意味。アイヌ民族は大地は神のものと言う。

このアイヌ民族の地についての考えは、創世記の原初史物語の地についての考えとかなり近接しているとおもわれる。原初史物語によれば、地は神のもの、地は神から貸与されたもの、地に伴う水も空気も全ては神のもの、それらは神から貸与されたものであり、その貸与を受けたのは人だけでなく、動物と植物が共に受けている。

ここで、さらに「地」に関して言い及んでいる新約聖書から示唆されたことを述べておきたい。それは、マタイ福音書の5章である。そこにはイエスが「地」に関して言われた言葉がしるされている。

「柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。」(5章5)

イエスは「地を受け継ぐのは柔和な人」と言われた。それはどういう人のことであろうか。マタイ福音書21章にしるされている。

そこでは「柔和な」という言葉は動物の「ろば」と組み合わせになっている。「柔和な」とは「ろばのような」という意味である。当時ろばは荷車を引く、人を背に乗せる、いわば「重荷を担う」存在。マタイ福音書の理解したイエスの言葉の「柔和な人」とは「重荷を担う人」のことであった。

この福音書によれば、イエスはこのような人が地を受け継ぐと言われた。

しかし、この地はそうではなく、地を占領しているのは重荷を他人に負わせ、支配者として立ち振る舞っている人たちである。イエスが「地を受け継ぐのは柔和な人である」と言われたとき、このイエスの言葉はこの地上の現実態に対する痛烈な批判であった。

「地」ということを考えるとき、このイエスの言葉は想起されてしかるべきとおもう。