2019年度までの主任担任教師・下田洋一牧師からの、毎月のおたよりのバックナンバーです。


ももぞのだより

2015年03月08日 10:30

福音の香り

  私は『時の徴』の編集同人の一人であるが、その代表であった井上良雄が頑として譲らなかった主張を忘れることができない。それは方法が目的にふさわしいものであること。井上の文章に「犬と呼ばれた警官の問題」がある。そこにはこうある。 或る協議会で九州大学の滝沢克己教授がこういう話をした。三井三池争議の渦中で組合員たちから「犬」と罵倒された警官が「犬にも言わせてほしい」という文章を書いた。これを読んだ滝沢教授は朝日新聞に投書して、これについての労働組合の釈明を求めた。しかし、それはなかった。 この協議会に出席していた井上は次のような発言を聞く。「滝沢教授の取った態度はキリスト者の良心的態度と

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2015年02月01日 10:30

罪について

  キリスト教会は聖書における重要なテーマである「罪」について知っておく必要があるかと思います。 聖書では「罪」は「罪過」として登場、過ぎ去った過去における罪として。人はこの罪過の「負い目」に苦しむことがあります。人は過去にもどれません。負い目を負ったとき、その罪責を認め謝罪するほかありません。この「負い目」の問題はこれ自体重要な事柄であり、機会を改めることにします。 聖書では「罪」は今日の問題として登場し「罪の力」として働いているとしています。この「罪の力」について私達は聖書に即して把握する必要があります。     聖書では「神ではないものが神として支配している事態」、ここに「罪の

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2015年01月11日 10:30

キリスト教信仰とは何か

  キリスト教の信仰とは何かと問われれば、ナザレのイエスをキリストと信じることであると答えることになる。ではイエスはキリストとして何をするために来たのかと問われれば、イエスは平和を実現するために来たと答えることになるのではないか。 この地上世界は平和ではない。いや平和が壊され続けている。平和を実現するためには壊す力をなくしてゆかなければならない。そのためにはその壊す力の原因を突き止めなければならない。 聖書ではその壊す力のことを「罪の力」と呼び、最初期キリスト教のパウロによれば罪の力が働くのは「律法」においてであるとした。律法は何々をせよ、そうすれば正しさが得られると教える。正邪の区

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2014年12月07日 10:30

聖書とは何か

   聖書とは何であるか。この問いに聖書自ら答えるときこうなろう。聖書とは神が為したことが書いてある書。ではどのように書かれているか。 いろいろと書かれているが基調はある。それは「出エジプト」。これは苦役に苦しんでいたヘブライのひとびとを神が救出したという出来事。神は苦しむ者を救出する、これが聖書の基調であると言ってよいと思う。 ところで、今日「苦しみ」は多様。人の苦しみの原因が過去にあるとき人には苦しみの因を除くことはできない。今日それを償う努力はするものの償い切れないことで苦しむことがある。こういう苦しみにある人に対し聖書はいかなることを語る書であるか。 今、理不尽の苦しみが生じている。こ

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2014年11月02日 10:30

キリスト教とは何か

  キリスト教とは何か。この問いに答えるには歴史をさかのぼるとよい。キリスト教はユダヤ教から分離独立した。そのユダヤ教は古代イスラエル宗教を引き継いだ。その古代イスラエル宗教はモーセという人物を介して成立したヘブライ宗教から由来している。こういうわけで、キリスト教はヘブライ宗教を源に持つ。キリスト教とは何か、この問いに最も単純シンプルに答えるには、キリスト教はヘブライ宗教から由来し、ここに源を持つ宗教、こう答えるのがよい。   ところでキリスト教の源流のヘブライ宗教はモーセを介して成立したわけだが、   その成立には一つの出来事が介在。それは古代オリエント世界の覇

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2014年10月05日 10:30

裁判員制度

9月30日の夕刊の記事が気になった。その記事は「裁判員制度は合憲」の見出しで福島地裁判決を伝えるもの。判決は裁判員制度に従って裁判員となった方が国に損害賠償を求めた訴訟に対する判決。判決はその方の請求を棄却した。 記事によると、その方は強盗殺人事件の裁判員裁判で遺体の写真や被害者の助けを求める119番の録音を見聞きし、その際の場面が突然思い出される「フラッシュバック」や不眠などを伴う急性ストレス障害になった。 福島地裁の判決はその方の裁判員制度を違憲とする主張を認めず合憲の判断を示した。判決は「原告が裁判員を務めたことと、ストレス障害を発症したことには、相当因果関係があると認められる」としたが

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2014年09月07日 10:30

誠実に

「集団的自衛権」を行使したらどうなるか。想定される最も現実的な事態はこうである。 日米安全保障条約の締結国の米国を攻撃する者に対し日本は攻撃することになる。攻撃者された者は日本に恨みをいだき、日本を攻撃してくる。そのとき攻撃の方法はあの米国ニューヨークの世界貿易センターに航空機が突入したと同じ。違うのは航空機に原子爆弾の搭載。 日本の原子力発電所の原子炉は止めているところが大多数だが燃えが止まっているわけではない(燃えが止まるには十年かかる)。また使用済み核燃料棒をプール(水)の中で高熱をさげるべく冷している。水漏れがないよう細心の注意必要。そこに原爆搭載の航空機が突入したらいかなる惨事となる

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2014年08月10日 10:30

1945年8月9日

 きょう新聞にて「長崎平和宣言」を読んだ。今年も宣言の内容が濃い。昨年も充実した内容の宣言であったが、今年はさらに充実した内容の宣言であるとおもった。ここで宣言の一部を紹介したい。  宣言は冒頭で69年前の8月9日午前11時2分、米軍が投下した原子爆弾によって長崎がいかなる惨状をしいられたかを述べる。この部分を紹介しなければならないことは承知しているが、先に進むことにする。  宣言は次にこうのべる。今世界に1万6千発を越える核弾頭が存在するが、これが使用されずにきたのは被爆者の存在と声があったからである。被爆者たちが必死に警鐘を鳴らし続けてきたからである。宣言は被爆者たちの懸命の努力に言い及び

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2014年07月06日 10:30

6月23日

 「沖縄全戦没者追悼式」で増田健琉君(小3年)詩を朗読。それを紹介したい。 詩題「空はつながっている」   ぼくのお気に入りの場所 みどり色のしばふに ごろんとねころぶと そよそよとふく風がぼくをやさしくなでる 遠くでひびくアカショウビンの鳴き声 目の前ではお母さんやぎがやさしい目で 子やぎたちを見まもっている 青あおと広がるやさしい空   でも 遠くの空の下では 今でもせんそうをしている国があるんだって ばくだんが次つぎおとされ なきさけびにげまわる人たち 学校にも行けない 友だちにも会えない 家族もばらばら はい色のかなしい空   空はつながっているのに どう

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2014年06月01日 10:30

偽 神

   教会は「イエスは人間を罪から贖うキリストである」と告白。この教会の告白は「贖う」という奴隷が解放され自由とされるときに用いる用語で罪からの解放自由がイエスによってなされたと説明。では「罪からの解放自由」の「罪」とはいかなる罪か。この最も肝心な点に関しこれまでの教会の説明は聖書に即していると言い得るか、これが問題である。  聖書の言う人の罪は「偽神崇拝」。神 ならぬ者・物が人を支配している事態。この地上に苦しみがなくならない苦を生産し続けている因をたどればそこに偽神が立っている。この偽神の支配を容認していること、この偽神の支配に無関心であること、この偽神の支配に加担していること、

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