2019年度までの主任担任教師・下田洋一牧師からの、毎月のおたよりのバックナンバーです。


ももぞのだより

2016年10月02日 10:30

老 い

この国の哲学者、鷲田清一の『老いの空白』から示唆を受ける。示唆されるところをわたくしの要約で紹介する。 今日の日本社会において〈老い〉がまるで無用な「お荷物」であって、その最終場面でまず「介護」の対象として意識されるという、そんな惨めな存在であるかのようにイメージされるようになったのには、それなりの歴史的経緯がある。それは生産と成長を基軸とする産業社会にあっては、停滞や衰退はなんとしても回避されなければならないものとなった、この歴史的経緯による。産業社会の価値基準からすると〈老い〉は「できる」から「できない」への移転であるが、この〈「できる」と「できない」〉は〈「する」と「ある」〉という表現で

—————

2016年09月11日 15:00

     今年の8月はひどく暑かった。水をたくさん飲んだ。安心して水をこんなにたくさん飲むことができることに感謝した。 「水」は聖書において主題。早くも聖書の初めの創世記1章1節に登場。そこにこうしるされている、「地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。」 ここの水は「地は混沌であって」の原因として登場。「混沌」とは全壊滅の様をさす。ここの水は地の全壊滅の原因として登場している。 さらにこうしるされている、「神の霊が水の面を動いていた。」この「動いていた」は「制御していた」の意味に解せられる。ここにしるされていることは、神の霊が地の全壊滅の原因となる水を制御

—————

2016年09月04日 10:30

沖縄

沖縄で起きた沖縄の女性が米軍元海兵隊員によって殺された事件について考えたい。 今回の事件は沖縄に米軍が駐留していることによって生じた事件でありますから、この角度から考えることになります。   米軍が沖縄に駐留する法律上の根拠は日米安全保障条約であります。ここで歴史を振り返っておきますと、この条約は1960年に改訂され、それが今日まで続いているのですが、その改訂の前の安全保障条約が成立したのは1951年米国サンフランシスコで日本が平和条約に署名と同時に米国と結んだときであります。 日本はこの平和条約によって独立国となりますが、このとき日本は自国に外国の軍隊の駐留を認める、それも常駐を認めることに

—————

2016年08月07日 10:30

問答無用

 テロリズムの事件があちこちで生じている。テロリズムの事件にみられる特徴は「強引」であること、「問答無用」であること。 ...

—————

2016年07月03日 10:30

哀悼スピーチ

 このたび沖縄における事件の報道に接し「腸(はらわた)が引きちぎれる」思いに駆られた。報道の伝える事件は沖縄の二十歳の女性が米軍の元海兵隊員によって強姦され殺され山林に棄てられるという暴虐極まるものであった。  6月19日沖縄市の奥武山(おおのやま)公園に沖縄県民大会が開かれ、集った者は6万人を越えたという。この集会で沖縄の同世代の女性がスピーチした。その全文が購読の新聞に掲載された。ここにそれを紹介する。   スピーチは四者に向けられているが、まずは「被害に遭われた女性へ」。スピーチはまず被害に遭われた女性にささげられた。スピーチは彼女にこう語る、「あなたのことを思い、多くの県

—————

2016年06月05日 10:30

祈り

 昨年2015年ノーベル文学賞を受けたのはスベトラーナ・アレクシェービッチ。彼女の作品『チェルノブイリの祈り』を読んだ。 「チェルノブイリ」の原子力発電所が破壊したのは1986年4月26日三十年経った。この作品はこれに関わる人びとの証言を集めたドキュメンタリー文学。 この作品は消防士の妻の証言から始まる。破壊した原子力発電所の炎上する火を消すべく現地に向かい被曝した夫は病み衰え萎え死んでいった。彼女は夫に寄り添い看取り続ける。懐妊していた彼女は女の子を産む。が、四時間後に娘の死が告げられる。放射能がこの子に集中していた。彼女にこのときこう告げられる、娘をわたせない、と。 彼女は

—————

2016年05月01日 10:30

  新聞で知ったのだが、現内閣は4月1日の閣議で「憲法9条は一切の核兵器の保有および使用を禁止しているわけではない」、ただ「政策的判断として核兵器を保有しないことにしている」、とする答弁書を決定したという。これは言いかえると、「自衛のため」なら核兵器の保有および使用はできないことはない、ということを言ったことになる。 この国の現内閣が核兵器の保有および使用を憲法に反するものではないとするその理由は、憲法は自衛のための戦力を持つことまで禁じているわけではない、それは認めている、それゆえ「自衛のため」の範囲内であれば核兵器を保有し使用しても憲法に反しない。 4月から集団的自衛権

—————

2016年04月03日 10:30

律 法

ナザレのイエスはなにゆえ消されたのか、それは律法をないがしろにしたとみなされたからである。律法は義が何であるかを決める。義が立てられて社会はうまくゆく。義を決める律法を廃棄せよと聞こえるイエスの言葉は反社会的とみなされた。 ところで、イエスを消すことで守った律法とは何であったか。それは「ローマの平和」であった。ローマ帝国に従うなら恩恵として与えられる平和、これが律法であった。イエスは「ローマの平和」という律法をないがしろにするとみなされた。 イエスは消されるべきだと言ったのは大祭司カヤパであったが、彼はこう言った、「一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が、あなたがた

—————

2016年03月06日 10:30

受難節の中で

今は受難節の中、イエスの十字架死について考えているところを、前号と重なるが、書くことにしたい。   十字架死はローマ帝国に対する国家反逆罪を犯した者への最も重い刑罰。イエスはこの十字架死に自ら進んで向かって行ったという印象を福音書の記述から受けるが、事実その通りであったとすれば、イエスはなぜそうされたのか。   この「なぜ」の問いに対してイエスの十字架死は「罪の償い」のためであったが提示された。これが教会の中心的教理となる。今の私はこれを受け入れていない。理由はイエスを遣わした神が罪の償いを要求する神であるとは思えないし、イエスが罪の赦しを宣言するとき罪の償いを要求していな

—————

2016年02月07日 10:30

受難節

今年の受難節は2月10日から始まる。 福音書によると、イエスは十字架死を受け入れたとき「御心が成りますように」と祈った。ここで知りたいことは、イエスの言われた「御心が成る」とはどういうことであるのか。 イエスの十字架死の後、このイエスの死を「罪の贖い」のための死であったと受け取った人々がいた。新約聖書がそれを示しているが、そこで言われている「罪の贖い」は「罪の償(つぐな)い」ということであると言ってよいようだ。人々はイエスの十字架死は「罪の償い」のためであったと受け取り、イエスの祈りの言葉の「御心が成る」とは「罪の償い」が成るということであると受け取った。この受け取り方は後に成立するキリスト教

—————