2019年度までの主任担任教師・下田洋一牧師からの、毎月のおたよりのバックナンバーです。


ももぞのだより

2018年05月13日 10:30

問 題

新約聖書はナザレのイエスにおいて罪からの自由が実現したと証言しております。ある人はその罪について高慢と怠慢と虚偽の罪であると解説しています。それをかいつまんで紹介しますと、 ナザレのイエスを十字架刑につけた当時の権力者たちについて言い得ることは高慢の罪が現れ出たということ。また、イエスを十字架刑に追い込んでゆく過程で、イエスを十字架刑にすることは正当なことではないとしてこれを止める努力をする者が当時の権力者たちの中にいなかったが、この過程で現れているのは怠慢の罪であるということ。さらに、イエスを十字架刑に値するとするために当時の権力者たちのつくった告訴状は虚偽のそれであったということ。この罪に

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2018年04月01日 10:30

群 衆

 新約聖書の福音書によればイエスの十字架刑にはいろいろな者たちが関わっているが、今日注目しておきたいのはイエスの十字架刑の判決の場に登場している〈群衆〉についてである。 イエスを十字架刑へと策動したのはユダヤ最高法院体制の指導者たちであるが、イエスの十字架刑判決の場でイエスを十字架刑にせよと叫んだのはかれらではなかった。それをさせられたのは群衆であった。ここには重要なことが言われているとおもう。 新聞の報道によれば、政府・財務省の者たちが公文書を書き換えたという、それは安倍政権を擁護するためであったという。わたくしは推測するのだが、その公文書の書き換え作業を実際におこなった者たちとい

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2018年03月04日 10:30

教会の信仰告白

 新年度は中野桃園教会の礼拝おける「信仰告白」について検討することとなった。教会は〈イエスはキリストである〉と信仰告白するところであるが、じつはこの後に難しい問題が待っている。この告白に言われている〈キリスト〉をどう理解するか、これが簡単なことではない。 イエスのキリストであることを知るため四つの福音書があるが、そのキリスト理解は多様であり、それを一つにしてしまうことはできない。わたくしは礼拝のメッセージでその多様さを活かしてゆくことに努めている。 わたくしはその際、尊重しているものがある。それは古代の教会がイエスのキリストであることの理解において紆余曲折を経てようやく辿り着いた信仰

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2018年02月04日 10:00

創世記から

創世記によると、人にはしてはいけないことがある、それは〈善と悪を知る知識の木の実を食べること〉、これだけはしてはいけない。ここで何が言われているのか。〈善と悪を知る知識〉は次の場合にだけ用いられている。国家の長の王を褒め称えるとき。〈善と悪を知る知識を持っている〉、これは国家の長を讃美するときの最高の句であった。そうすると、創世記の言う〈善と悪を知る知識の木の実を食べてはいけない〉は、〈国家の長を讃美することはしてはいけない〉という意味となる。ここで何が言われているのか。国家が国家の長を讃美するとき、国家には意図がある。それは国家の統合を強めるという意図。国家は国家の統合を強めるとき、国家の長

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2018年01月07日 10:00

風 刺

〈土人〉という言葉は差別語であるが、〈土〉と〈人〉の間に〈の〉を入れると、〈土の人〉となり、これは聖書が人間を言い表すときの言葉となる。それが出ているのは聖書の初めにある創世記である。その創世記によれば、人間は〈土〉で造られた。〈土〉という言葉で意味されていることは〈こわれやすさ〉。創世記が人間は〈こわれやすい〉ものと語るとき意図があった。時代はソロモン王統治のとき、国は栄華を極めていた。それは国が武力によって周囲の諸民族を鎮圧したことによって得られた。国が栄華を極めるために必要な武力は〈強い者〉が担うのであって、〈こわれやすい者〉は役に立たない。創世記が人間は〈土で造られた者〉すなわち〈こわ

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2017年12月03日 10:00

共 鳴

今号は、福島県在住の作家・僧侶の玄侑宗久とおっしゃる方の文章(購読の新聞に載っていた)を紹介する。その文章の題は「無熱の慈しみ」。これは『維摩経』(ゆいまきょう)という経典に説かれており、意味は「反転して憎しみに転じることのない菩薩の慈悲心」のことであるとのことである。わたくしはこの「無熱の慈しみ」と題する文章におおいに共鳴した。それを書いてみる。北朝鮮のミサイル発射の知らせと同時に児童全員に防空頭巾をかぶらせ逃げる訓練をさせている小学校があるのだが、そこの先生によれば、児童の半数ちかくが「北朝鮮なんてやっつけちゃえ」的な言葉を口にするようになったという。そこで、玄侑宗久僧侶はこう書いておられ

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2017年11月05日 10:00

創世記4章の物語

今号は創世記4章の物語を引いてみることにします。動機はその後にしるすことにいたします。創世記4章の初めには兄のカインが弟のアベルを殺すことがしるされ、後段のところにはカインの末裔のレメクが「わたしは傷の報いに男を殺し打ち傷の報いに若者を殺す」、つまり加害者には報復としてその者を殺すと詠ったということがしるされています。ここには〈報復戦争〉の肯定が述べられていると言ってよいかとおもいます。ここで創世記4章の中段にしるされていることに留意する必要があります。そこには殺人者カインに対する報復を禁じる神の言葉がしるされ、こうあります。「主はカインに出会う者がだれも彼を撃つことのないように、カインにしる

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2017年10月01日 10:00

今年の平和賞

今号は次のことを記さなければならない。今年のノーベル平和賞は「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」に贈られる。拠点をスイスのジュネーブに置いて世界の各地で核兵器廃絶の活動を展開。平和・軍縮・人権に取り組む470ほどの団体(100カ国に及ぶ)が参加。国連は7月に核兵器禁止条約を制定することを122カ国の賛成を得て採択したが、ICANはこのことに貢献したことが評価された。報道によるとICANのフィン事務局長は記者会見で「広島・長崎の被爆者は核兵器禁止条約制定の重要なプレーヤーだ。被爆者は1945年以降、原爆による悲惨な体験を語り続け世界に知らせてくれたことが核廃絶運動にとって非常に役だっている

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2017年09月10日 16:48

    今年の8月はひどく暑かった。水をたくさん飲んだ。安心して水をこんなにたくさん飲むことができることに感謝した。 「水」は聖書において主題。早くも聖書の初めの創世記1章1節に登場。そこにこうしるされている、「地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。」 ここの水は「地は混沌であって」の原因として登場。「混沌」とは全壊滅の様をさす。ここの水は地の全壊滅の原因として登場している。 さらにこうしるされている、「神の霊が水の面を動いていた。」この「動いていた」は「制御していた」の意味に解せられる。ここにしるされていることは、神の霊が地の全壊滅の原因となる水を制御し

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2017年09月03日 10:00

ルター先生の教え

キリスト教は何を語る宗教であるかと問われたら〈神の恵みによってのみ人は義とされる〉とわたくしは答える。では神の恵みによる義とはどういうことであるかと問われたら〈律法によって人は義とされる〉を否定することとわたくしは答える。これは500年前の大先生ルターから教わった。ルター先生によると、この〈否定〉というところが重要で、この〈否定〉を語らないで〈神の恵みによる義〉を語るのは意味がない。律法は〈社会通念〉の中に入り込んでいる。たとえば、〈世話をされないと生きてゆけない人は世の中にいられない〉、律法は今日この社会通念の中にある。もしルター先生が今日再登場したら、〈神の恵みによる義〉を語ることはこの社

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